10年間教師を目指していたわたしが、カンボジアの奥地でブランドを立ち上げた理由。【ネパールでの気づき】編

スォスダイ!かごブランドmoillyのきよみです。

 

前回は世界に飛び出た編。【旅の目的をもつ】でした。

 

今回は世界で私が経験してきたことについて話そうと思います。

 

私の中での旅は、たった10か月だったけれど、「あの10か月がなければ今の自分はない!」と言い切れるほどの経験でした。

 

  • 英語が話せず2週間の孤独を経験し、必死になって英語を勉強したこと(それでも日本人と一緒にいないというルールは守っていました)
  • 旅に出発し2週間で詐欺にあい30万取られ、気持ちがどん底になったときにたくさんの人が助けてくれたこと
  • どんな所でも誰とでも仲良くなる方法を身に着けたこと
  • 日本人だからと言ってちやほやされたこと
  • だから日本人は嫌いなんだよ!と面と向かって日本人批判をされたこと
  • ホームステイの家族となかなか分かり合えず泣いて家出したことw
  • 自然と人間との関係に気づいて涙したこと
  • アジア人差別を受けたこと
  • マサイ族と一緒に飛んで踊ったこと
  • 世界で一番尊敬して、目標にできるようなあこがれる女性に出会えたこと
  • 人間ってひとつなんだなって、自分の心がきちんと納得できたこと。
  • 自分の中で芯ができたこと


もう書き出せばきりがないので、またちょこちょこと書いていこうと思います。

 

それくらい衝撃的で、濃厚な時間でした。

 

その中でも今日は直接的に今の仕事に関わっている経験を書こうと思います。

 

ネパールの村の村長とのけんか

 

ネパールでは2か月ほどホストファミリーと暮らしていました。

 

学校ではきちんと英語を話せる先生が学校にほぼいなく、問題だらけではありましたが、悩みながらも生徒たちは可愛く先生たちも優しく、とても充実した日々を過ごしていました。

 

ただ問題だったのはお金の問題。

 

ホストファミリーの「わたしたちはお金がなくて可哀想なの」という口癖。

ほぼ毎日のように「こういうことがやりたいんだけどね、お金がないから無理なの。」

「きよみは日本人だからお金を持っていていいよね。日本に連れて行ってくれたらいいのに。」

「炊飯器があったら料理が楽になるのに。でもお金がないから無理なの」

 

と。なにを言うにしても必ず最後に「お金がないから無理なの」とつけるホストファミリーに正直うんざりしていました。

 

そんななか、ホストファミリーの故郷に訪れる機会がありました。バスを何度か乗り換えたどり着いたその先はまさに桃源郷

 

自然豊かで、果物の木も野菜畑もたくさんあって、牛やヤギを飼っていて、もちろんきれいな水も井戸から出て、きれいな川が近くに流れ、土と煉瓦でできたネパールらしい2階建ての建物に住み、村の人たちは仲が良くみんなで集まってご飯を作ったりしていました。

 

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まさに私が理想としていた地!!!

ここにずっと住んでいたい!と思えるような地でした。

 

 

そこで登場したのがこの村の村長。

「やぁやぁやぁ。よく来てくれたね。君は日本人なんだろ?君はこの村に何をするために来てくれたんだ?」

と。

 

きよみ「いえ、ただ家族に連いて来ただけです。何をするためでもありませんが」

 

村長「いやでも、前に来た日本人は学校を作ってくれたんだ。何か貧しい私たちに何かをしてくれるだろう?」

 

きよみ「わたしは、こんなに素晴らしいところはないと思ったし、何が他に必要なのかがわかりません。逆に聞きますが、あなたはこの村に何が必要でだと思っているんですか?そのために何かしているのですか?」

 

村長「それは君が考える問題だろう。」

 

 

この時、何かがおかしいと思いました。

何か生活に支障があって困っているなら私も、できる限り手伝いたい。

だけれど、自分たちも生活に支障を感じていないのにも関わらず、ただお金がないという理由で日本人のわたししに何でもいいから援助してくれ。という村長。

そもそもお金は生活に必要なものを買うための道具であるのに、生活環境が整っているこの村で、お金がないから可哀想だろ?というのは何だかおかしい。物質的には豊かなのに。

 

その時は感情に任せて村長とプチ喧嘩をしてしまいましたが、後からよくよく考えてみたら、ホストファミリーがいっていることも、村長が言っていることも同じ。

 

お金がないから、他の国からの援助なしでは何もできない、自分の生活は変えられないという思い込みがあったのです。

もしかしたら、自分たちで何とかするよりもとりあえず、先進国と呼ばれる国の人にお願いすればなんとかなる、その方が早いという支援慣れの気持ちだったのかもしれません。

 

いずれにしろ「なぜこんな思い込みをしてしまっているのだろう」と、ゆっくり考えてみると実は自分たちが原因をつくってしまっていることに気づきました。

「先進国という変な上から目線で勝手に判断をして自己満足の援助をしてきたのではないだろうか。」

(中には自分たちが人助けをしたという満足感を得るために援助をする人もいると思います)

「何が必要か彼らと一緒に考えてきたのだろうか。」

 

 

確かに病院や栄養の問題など、貧しさが引き金になっておこる問題はいくつもあります。それは絶対に解決しなければいけない問題。

 

だけれど、わたしたちが勝手に判断して一方的な援助をしてしまったが故に「援助に頼ればいい」という安易な考え方をも作ってしまっていたのも事実なのです。

 

たくさんの国に訪れ、貧困による問題を知りました。

だからこそ長い目で見て、それらの問題を本当に解決するのは「自分たちでなんとかしたい」という気持ちや、自分たちで何とかする方法を知ること。それを何とかする経済力を自分たちの力でつけることが必要だと気づいたのです。

 

 

もちろん今すぐ死が迫っているような人には、すぐに駆けつけて助けなければなりません。

すべての国、村で状況は違います。わたしの意見もあのネパールの一例。

だから何をするのが絶対正しいと言い切ることは難しいと思ってます。

ただ日本から見て思う「ないから可哀想」は現地の感覚とはズレているのです。

 

この経験が一番のきっかけです。 

 

いつかどこかの村に長く住み、その村の人たちと本当に分かり合ってから、本当に彼らが望んでいること、必要なことをしよう。とこの時に決めました。

 

  •  まずは自分たちでお金を生み出すという経済力が必要ということ
  • 現地の人たちと村の問題について話せる関係の大切さ
  • 村のなんとかしたいという自発的な気持ちに繋げること

 

これらを目標にしてmoilyを作りました。

 

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今現在はまだ自分たちでお金を生み出す・・・の前の段階。

今関わっている村は、自分たちの生活も安定していなくて周りに目を向ける余裕はありません。

 

まだまだ時間はかかりそうだけれど、そんなに早く達成できるとも、しようとも思っていないのでカンボジアのペースでゆっくりゆっくり着実に頑張ろうと思います。